英語のトリセツ

ゆとり世代の純ジャパ同時通訳者が最短で英語をマスターする方法を紹介しています

「通訳は優先ではない」

通訳者である私がなぜ英語学習のノウハウを共有しているのか疑問に思う方もいるかもしれません。英語を話さない人が多いほうが、通訳としてはよりたくさんの仕事につながるのではないか、という疑問はもっともです。

 

実際は、私のような会議通訳者が稼働する機会は限られています。いわゆるプロの通訳者を雇う場合には、もっともランクが低い一般クラスの通訳者であっても、半日(3時間以内)で3万円程度かかります。時間が2倍かからないようにと同時通訳を依頼すれば、同時通訳は基本的に2名以上で行うので、6万円以上かかってしまいます。これだけコストがかかるのですから、ちょっとした会議に通訳者を読んでくれる会社はそういないはずです。

 

したがって、プロの通訳者が呼ばれる社内会議は、取締役会や経営会議など限られています。あとは研修に呼ばれることもあります。研修は受講者が多いので、通訳者を手配しても元が取れそうだと思われているのかもしれません。

 

たまにそれ以外の会議に呼ばれることもありますが、英語を話さないのが一部の参加者だけだったりすると、通訳ブースなどの機材は立てずに生耳ウィスパーという形式で行うことがあります。通常、同時通訳を行う場合には、通訳者のもとにイヤフォンで音が届くように機材を用意することが理想的ですが、予算の関係でそれが叶わないこともあります。

 

それでも発言者の近くに座らせてもらえればまだいいのですが、英語を話せる人が多い場合、気が散るからと通訳者の席は端っこに配置され、音もまともに聞こえない状態で同時通訳をすることもあります。

 

通訳者もなるべくいい仕事をしたいので交渉しますが、顧客の意向が第一なのであまり強くは要求できません。実際、あるコンサル会社の案件では「通訳は優先ではないので、端っこでやってください」と言われたこともあります。

 

したがって、英語が自分でできるに越したことはないのです。

大学院留学→会議通訳者

交換留学から帰国したあとは、会社勤めを4年間しました。せっかく英語を身につけたので、何かに使いたいと思ったのですが、あまり使う機会がなかったので、転職することにしました。

 

英語を使った仕事といえば通訳・翻訳もしくは英語講師などがあります。翻訳は少しだけやったことがありましたが、あまり好きではありませんでした。通訳は帰国子女がなる職業だと思っていたので、英語講師をやろうと思いました。

 

大学で教員免許を取っておけばよかったのですが、当時は教員になることは考えていなかったため、取っていませんでした。中学校や高校の免許を取ろうとすると少なくとも2年かかりますが、イギリスの大学院なら1年間で修士号が取れます。修士号があれば大学で英語講師になれると思い、退職金を使ってまた留学することにしました。

 

情報を集めようと留学エージェントに行ったところ、TESOLのような英語教育の他に、通訳の分野でも修士号が取れることを知りました。そこで、そちらにもついでに申し込んでみることにしました。

 

通訳になるのにどのくらいの英語力が必要なのかは想像もつきませんでしたが、思いがけず合格通知が来たので、合格した大学院に行くことにしました。通訳になれなくても、英語関係の修士号を持っていれば、英語講師はやれるだろうとその時点でTESOLはやめました。

 

通訳になってから感じたのは、帰国子女は多いですが、バリバリのバイリンガルのような人あまりいないということです。そういった人たちは経営者になったり、国際機関で働いている印象です。通訳はできても、英会話はそこまで得意ではないという人も多く、意外でした。

 

無事に1年間で修士号が取れ、そのまま社内通訳を1年ほどやりました。そのあとフリーの会議通訳者になり、今に至ります。たまたまマーケットがよかったので、運がいいことに通訳の案件のみでスケジュールが埋まり、今のところ英語を教えてはいません。

 

交換留学

留学生の友達と遊ぶようになり、英文科の先輩の中にも留学経験者がいたので、自分でも留学したいと感じるようになりました。大学に交換留学の制度があったので、利用することにしました。

 

当時はTOEFLは過渡期にあり、東京や大阪ではPBTと呼ばれるリーディングとリスニングだけのペーパー版が受けられたようですが、私が住んでいた地方では新しいテストであるiBTに切り替わっていました。iBTはスピーキングとライティングがあるので、その分対策が難しいのですが、大都市まで行くお金もないので、iBTを受けることにしました。

 

基本的にTOEICと同じ対策をすることにし、ひたすら問題演習をしていました。リーディングとリスニングはそれでよかったのですが、問題はスピーキングとライティングです。

 

ライティングは、エッセイを書いて印刷したものをネイティブの友人に添削してもらうことで準備しました。こちらは代わりに彼らの日本語の作文をチェックしました。

 

スピーキングはライティングのように残りませんし、友人に対策を頼むのも気恥ずかしかったので、自宅でぶつぶつと解答をつぶやくことで対策しました。また、エッセイをチェックしてもらうときに、自然とネイティブの友人とはそのエッセイのトピックについて英語で議論をするので、それがスピーキングの対策にもなったと思います。

 

単語などはあえて覚えませんでしたが、そのときは毎日30分英字新聞を読む、NHKの7時からのニュースを副音声で聞くといったことも行っていたので、語彙力はある程度ついていたようです。

 

結果、交換留学に必要だったスコアを取ることができ、英語圏の大学に1年間行くことができました。英語力が飛躍的に伸びるかと思っていたのですが、口語的な表現等が身についた以外は、そこまで劇的な変化は感じられませんでした。

 

ある程度の英語力がついたあとは、それを使って何をするかが大事であり、英語だけを勉強し続けてもそれ以上の伸びは期待できないのだろうとあとになって感じるようになりました。

英会話 発音

 ホームステイから帰ってきたところで、もう少し英語を話す機会が欲しいと思いました。TOEIC対策でインプットはしていたものの、スピーキングはしていなかったからです。

 

ちょうどそのとき、大学の掲示板でアメリカ人の学生が作ったポスターを目にしました。1時間千円で英語を教えてくれるそうです。渡りに船と緊張しながらも電話をし、next Sundayに会うことになりました。

 

日曜日に待ち合わせ場所で待っていたのですが、待てど暮らせど来る気配がありません。しびれを切らせて電話をしてみると、next Sundayというのは次の日曜日ではなく、その次の日曜日だと言います。次の日曜日はthis Sundayだというのです。出鼻をくじかれました。

 

その次の日曜日には無事会うことができました。簡単に自己紹介をし、アメリカの口語的な表現を教えてもらいました。What's upとかそういった類の表現です。 それから発音を一通り習いたいと思っていたので、英語の母音と子音を解説した薄い本を買って持っていき、ひとつひとつ発音してもらい、自分でも発音してみました。

 

発音記号は完璧には読めませんが、別に発音記号で英語が書いてあるわけではないし、電子辞書やネットで実際の発音が確認できるので、捨てました。洗濯機があれば洗濯板はいらないのです。紙の辞書についても同じような考え方です。電子辞書でもスマホのアプリでも(当時はスマホはまだそこまで普及していなかった)自分にあったツールを使えばいいと思います。

 

本に載っている顔の断面図を見てもよくわからなかったのですが、とりあえず一通りやって、あとは通じない単語が出てきたらその単語を重点的に練習することにしました。

 

習ったのはアメリカ人からでしたが、このときにイギリス英語ではRをあまり巻かないとか、母音は日本語のカタカナに近いということも学んだので、そちらのほうが省エネになると考え、自分にとって楽な発音を身につけることにしました。

 

どちらかに統一したほうがいいという意見も聞きますが、日本語訛りだし、文法の間違いもある外国人の英語なのだから、気にする必要はないと思います。

ホームステイ

TOEIC の勉強をしながらも、少しは英語を話す機会が欲しいと思っていたところ、知り合いに誘われてアメリカにホームステイに行くことになりました。期間は2週間です。

 

英語は大して話せませんでしたが、大学のプログラムではなく、自治体の交流プログラムだったので、定年退職をした人と中高生と私と20人くらいで渡航しました。

 

団長は中学校の英語の先生を退職して、通訳ガイドの資格を持っている人が務めたのですが、大学生は私しかいなかったので、簡単なコミュニケーションの手伝いをしました。大学生だったので、受け入れ先のアメリカ人たちも、比較的こいつは英語ができるかもしれないと思ったのでしょう。

 

ときどき、東京にいたらもっと早く英語が身についたかな、と思うことがあります。と同時に、地方にいて、まわりにあまり英語ができる人がいなかったのがよかったのかしれないと思うこともあります。周りに帰国子女などが全然いなかったのはよかったのかもしれません。ちょっと頑張れば英語を話す機会に恵まれたからです。

 

もちろん大して英語は聞けないし話せなかったのですが、簡単な事務連絡くらいはできました。雑談を楽しめるレベルではありませんでしたが、翌日のスケジュールの確認などは、しおりなどもあったのでそれをみながらやればなんとかなりました。

 

Yes/Noの質問をしても、相手の答えが長くてよくわからないようなときは、So...Is that yes?などと聞いていました。そうすると、シンプルに返してくれるようになりました。

 

アメリカで感じたのは、とにかく意思表示をはっきりしなければならないということです。夏に行ったのですが、日本のように勝手に水が出てきたりはしません。飲み物が欲しいかどうかは聞いてくれますが、何をどんなふうに飲みたいのか、ずいぶん細かく聞かれます。夏だと日本では適当に麦茶などが出てきますが、アメリカだとコーヒーが飲みたいというとホットかアイスか砂糖はいるかミルクはどうかなど細かく聞かれます。

 

当時は面倒臭いと思っていましたが、宗教的な理由でコーヒーやお茶が飲めない人もいるし、糖尿病を患っている可能性もあるので、いちいち細かく聞いてくれるのがアメリカ流のマナーなのかもしれません。

 

TOEIC対策

英文学の授業の予習は翻訳書を読むことにして、空いた時間でTOEICの対策を始めました。といっても学生なのであまりお金がありません。買う参考書も絞る必要がありました。

 

とりあえず量で勝負しようと思い、模試の問題集ばかり10冊ほどやることにしました。また、パートごとの問題集もやりました。「このパートから解くのがいい」というようなテクニックよりも、問題数が多い本のほうがお得に感じられたからです。

 

実際、問題集を解いているだけで点数は上がりました。大学に入ってすぐに受けたTOEICスコアは470でしたが、模試の問題集を10冊程度(1冊につき3セット入っている問題集が多かったので、約30セット解いたことになります)解いてから受けてみたところ、855点まで上がりました。英語の処理が早くなったのだと思います。

 

英語力が伸びない人の話を聞くと、色々な学習法に手を出して、続いていないのです。ありがちなのが、まずは文法と文法書などを使って細かい文法まで網羅的に抑えようとしてしまうことです。

 

be動詞と一般動詞の区別がつかないというレベルなら別ですが、辞書さえあれば時間がかかっても7~8割は意味が取れるのであれば、基本的な文法の力はあります。単語が全てわかるにも関わらず、構造がわからないような複雑な文が出てきたときだけ、ネットで調べたり人に聞いたりすればいいのです。

 

文法書を頭から読んでいっても、退屈なのですぐに挫折します。問題を解くといった作業が発生しないと、気がついたら文字を目で追っていただけということにもなりかねません。文法書の内容をノートに書き写すようなことをしていたら、時間が何年あっても足りません。

 

単語帳を頭から暗記していく作業も同様です。

消去法の英語

なぜ通訳になったのかとときどき質問していただくことがあります。帰国子女でもないのに通訳をやっているので、何か面白いいきさつがあるのかもしれないと思われているのかもしれません。

 

正直に答えると、なんとなくなりゆきで、という感じです。高校のときに数学が苦手で文系に進んでから、消去法で専攻や職業を選んできた気がします。

 

そんなに意識が高い系ではなかったので、大学も行けるところでいいや、と思っていました。地方の高校だったので先生たちは国公立にさえ入ってくれればどこでもいいという感じでした。親からも私立は学費が高いから国公立に行くように言われていたので、自分の学力で行ける公立の大学に進学しました。

 

法律家になりたいわけではないので法学部はなし、教員になりたいわけでもないので教育学部もなし、数学が苦手なので経済はなし、と消去していったら、文学部しか残りませんでした。外国語をやらなくていい日本文学がいいかとも思いましたが、就職のことを考えて、英文学にしました。あとから英文科は肩身の狭い思いをしていると知りましたが、とりあえず英語をやっておけば就職できるだろうと甘く考えたのです。

 

ただ、英文学は自分にとっては大して面白くないとすぐに気づきました。特にイギリスの小説などが教材として使われていたのですが、お茶を飲んでMrダーシーが年5千ポンド稼いでいるといった噂話をしてときどき神に祈るみたいな話が延々と200ページくらい続くので、うんざりしていました。

 

予習は翻訳を読めばすぐ終わるので、空いた時間でもっと実用的な英語を勉強することにしました。打算的な性格なので、ある程度スコアが取れれば単位がもらえるTOEICがいいだろうと思い、とりあえずTOEIC対策をすることにしました。